健康と空間のあり方を科学する
『環境にも人にも良い循環を生む、オフィス空間のつくり方』イベントレポートvol.2

2023年12月1日に、「建設業から循環型社会を目指す」ことをテーマとしたイベントシリーズ GOOD CYCLE BUILDING TALKvol.3『環境にも人にも良い循環を生む、オフィス空間のつくり方』を開催しました。今回は、大阪公立大学健康科学イノベーションセンターと淺沼組技術研究所の共同研究による、淺沼組名古屋支店における自然素材を活用した空間が人にもたらす効果の医学的検証結果を示しながら、健康増進・抗疲労に良い影響を与える空間づくりの価値を考えるイベントとなりました。

<イベント詳細ページ>
環境にも人にも良い循環を生む、オフィス空間のつくり方GOOD CYCLE BUILDING TALK vol.3を開催

<前回の記事>
健康と空間のあり方を科学する『環境にも人にも良い循環を生む、オフィス空間のつくり方』イベントレポートvol.1

今回のレポートでは、大阪公立大学健康科学イノベーションセンターの水野敬さんをモデレーターに、第1部登壇者の神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の片岡洋祐さん、淺沼組名古屋支店建築部兼設計部の坂野秀之、淺沼組本社技術研究所の今井琢海に加え、淺沼組コーポレートコミュニケーション部の浅沼真里香、淺沼組技術研究所の松井亮夫を交えたクロストークの様子をお伝えします。

快適性には、「ちょうど良い」バランスを取る

水野

1部のプレゼンテーションでは、淺沼組と私たちの共同研究より、自律神経機能や認知機能の強化が生産性を向上させるという結果が出たことを紹介しました。まずは片岡先生から、オフィス環境で、創造性やひらめきを生む空間としてどのような工夫を取り入れたら良いか、教えていただけますか?

片岡

創造性というのがどのように育まれていくかということは、まだまだ研究の途上と言えます。ただ一つ言えるのは、良い刺激を脳に入れることは非常に重要なこと。では、良い刺激とは何かということなのですが、良い刺激とは、作業を邪魔しない程度で脳の活動を底辺から上げていけるものだと考えます。例えば、今も、名古屋支店では自然環境音源を流していらっしゃいますが、この音量が上がり過ぎてしまうと、作業の邪魔になってしまう。基本的な神経活動を上げて、集中している作業の邪魔にもならないところのバランスが重要です。その「ちょうど良い刺激」を、光や音やその他の要素などで入れていく。そこをどう数値化していくかということも重要かと思います。

水野

今、片岡先生からお話に出た音についてですが、この会場では、奈良県吉野の森林で採集された自然音源が流されています。松井さんから、この音を取り入れられるようになった経緯を教えていただけますか?

松井

自然音源を建物内で流すとリラックス効果が得られるのではないかということを考え、名古屋支店の内装材として使用した吉野杉の伐採地に行き、その場所の自然音を採集しました。先ほどの片岡先生の話で言われていました「ちょうど良い」ということに関係するのですが、自然音についても季節ごとにあった音を使わないと、身体が違和感を感じてしまいます。冬にセミやひぐらしが鳴いていると、季節感に違和感がありますよね。適材適所の音が必要だろうということで、音源は春・夏・秋冬バージョンの3つを用意しました。これは他地域の森林でも対応できますので、各企業に関わりの深い土地に入り、その音を使うことも提案させていただくことができます。

水野

坂野さんからは、快適性とエネルギー性能の両立を実現するのに非常に苦労されたということですが、どの部分が具体的には難しく感じられましたか?

坂野

名古屋支店で一番考えたところは、やはり「空調」ですね。空調の消費電力は建物の半分を占めるほど割合が高いと言われます。そこを削減しなければ、省エネにはならない。一方で、快適性を求めて、空調機を2台設置したとしても、寒く感じる人と暑く感じる人はそれぞれで、空調機の台数を上げると消費電力は上がってしまう。どの程度パーソナルに近づけて、個人設定できるかというレイアウトを考える必要があります。どのバランスが最適かを考えながら、答えがないなかを探していくようなところが難しくもあり、プロジェクトの面白さでもありました。

水野

WELL認証の快適性の指標が、空気・光・熱・音などの環境から見たものだと思うのですが、淺沼組と私たちで取り組んだ研究では、もう一歩踏み込んで、実際の人の計測をしているということが大きいかと感じています。建設業界において、環境だけではなく、人の計測も行っていくことに対して、今井さんはどのように感じられましたか?

今井

私は、この研究を始める前、疲労は自分がアクションを起こして解消するべきものだと思っていました。例えば、休みの日に出かけたり、生活習慣を変えたりするなどを行わなければ効果的ではないと感じていたのです。しかし、研究結果により、この空間にいるだけで自分では何もしなくても疲労を低減したり、認知機能を高められたりといった効果が見られたのは大きな発見でした。今後の空間のあり方に対して、非常に有効な指標になるかと思いますので、もっとこのような研究やデータが広がり、空間づくりに活用されていけばと思います。

水野

この名古屋支店のような取り組みがもっと広がるように社会にアピールすることについては、広報業務を行う浅沼さんはどのように考えられますか?

浅沼

この場所を使っている社員が、この空間のどこが良いのかなど、日々感じる小さなことを集めて、発表していくことが大切かと思っています。

片岡

働く労働者のウェルネスとそこにかかるコストのバランスを見ていくことも今後必要かと思うのですが、その労働者のコストを数値化するということについては、どのように考えられますか?

浅沼

コストとのバランスや、効果の数値化というのは非常に難しいところですよね。ただ、企業は人により成り立っており、会社が社員にお金をかけることは会社の未来への投資だと思います。会社が社員に投資すれば、社員のモチベーションは上がるでしょうし、社員を大切にする会社には外からも人が集まってくるでしょう。人が集まり、その人たちが居心地の良い環境でモチベーション高く働けば、その分企業の力が強くなると思います。投資対効果の数値化が難しいからこそ、会社が社員に投資すれば、会社の本気度が見える、とも言えますよね。

愛着をもって使い続けることは、サステナブルにつながる

水野

名古屋支店のリニューアルによる自然素材を活用した空間が抗疲労や健康増進につながるという調査結果をふまえて、今後建設会社としてどのように展開されていくお考えですか?

松井

私は現在は技術研究所の職ですが、以前は建設現場で働いており、現場事務所というのはコンテナハウスのような狭いスペースを事務所として使用することもありました。この経験から、自然素材を取り入れた環境を現場事務所にも応用できないかと模索しています。天井に木材、壁に土壁を採用して自然音源を流すなどの取組みを、一時的な現場事務所に取り入れ、その後、他の現場でも再利用することで、サステナブルな循環を生み出し、現場で働く社員のモチベーションにも良い影響を与えることができるのではないかと考えています。

水野

この名古屋支店では、淺沼組の社員が土壁の土を塗るなど、施工のプロセスに参加してつくり上げられたと聞いていますが、この建物を使用する人が施工に参加することで愛着がわき、ここで働き始めた時に前向きな気分になれるということもあるような気がします。実際に参加されて、どのように感じられましたか?

坂野

私は、土壁を塗るのにも参加しましたし、やはり、自分が設計に携わり、みんなで色々なことを考えてつくったので愛着があり、絶対に転勤はしたくないと考えていますね。(笑)みんなが愛着を持って長く使い続けていくためには、プロセスに関わるというのは非常に良いことではないかと思いました。

浅沼

私も、愛着というのは、まさにキーワードだと思っています。弊社は今リニューアル事業を強化していますが、リニューアルのコンセプトの一つは愛着のあるものを使い続けることだと思っています。長年使い続けてきたビルをスクラップアンドビルドで壊してしまうのではなく、形を変えて、愛着を積み重ねていくことができるのではないかと思っています。

水野

モノの時代からコトの時代と言われるようになり、いかにストーリーのあるものを生み出せるかということが大切なんだと思いますね。脳科学の視点から考えると、その建物が変わる時にどのようなコトがあるのか。そのコトの一つが、「携わる」ということにあるような気もしますね。

松井

名古屋支店改修の際には、改修前に床に使っていた石材をそのまま剥がして改修後の名古屋支店の一部に使ったり、その時にどうしても出てしまう端材を砕いてマテリアルとして家具に再利用したりと、今ある資源をできるだけ使うということに取り組みました。そういったこともまた、愛着につながっていくものだと考えています。

片岡

循環型のものをつくっていく時に、いろいろな工夫をすることができる。ただ、そういったサーキュラーに取り組む際に無理をしたり我慢するのではなく、いかに楽しめるかということを考えることは脳科学的にも重要なことだと思います。

水野

健康と空間のあり方を考えることは、ウェルビーイング、快適性、生産性、持続可能性など多岐にわたる重要なキーワードとつながっていることがよく分かりました。今後も、さらに研究を進めていき、名古屋支店のどのような場所・時間帯でリラックスすることができるかなど示していき、脳科学的な視点でも空間の価値を高めることに貢献していきたいと考えています。

『環境にも人にも良い循環を生む、オフィス空間のつくり方』は、これからも変化し続けます。人の心は常に変わり続けるなかで、さらにより良い空間づくりを行うためには、人と人とのコミュニケーションを促す建物やその運用、自然と人の関わりが大切と考えます。淺沼組は今後も、研究機関との協力を通して健康科学と空間の関係性の探究を進め、「ウェルビーイングが達成できる空間とは」を考え、形にしていきたいと思います。

Photos_Matsuchiyo

Edit&text_Michiko Sato

Speaker

  • 大阪公立大学健康科学イノベーションセンター・特任教授/センター副所長。博士(医学)。
    神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科・特命教授。理化学研究所生命機能科学研究センター・客員主管研究員。(一社)日本疲労学会・理事。(一社)日本リカバリー協会・副会長

    水野 敬

    大阪公立大学健康科学イノベーションセンターにて「子どもウェルネス創出事業化コンソーシアム」を主宰。小児から成人、高齢者と多世代に亘る健康増進・抗疲労ソリューション科学研究を推進。2018年に書籍「疲労と回復の科学」(日刊工業新聞社)を刊行。
    現在、株式会社淺沼組と大阪公立大学健康科学イノベーションセンターにて「健康増進・抗疲労環境空間に関する共同研究」を推進中。

    水野 敬
  • 神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科・特命教授。医学博士。日本医師会認定産業医

    片岡 洋祐

    京都大学大学院医学研究科博士課程修了後、大阪バイオサイエンス研究所・研究員、
    関西医科大学医学部・講師、大阪市立大学大学院医学研究科・講師、理化学研究所・
    チームリーダーおよびユニットリーダーを経て、現職。日本疲労学会および日本レーザ
    ー治療学会・理事。2015年に「こころ」を科学する理研ベンチャー・(株)Kokoroticsを
    設立し、代表取締役(~2020年)。医学・生命科学研究に携わり、特に脳科学、神経科学
    、疲労科学が専門。近年、光や電磁波、プラズマが身体や細胞に与える影響を研究。脳と
    身体の組織再生と若返り研究に取り組む。

    片岡 洋祐
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