2023年12月17日(日)、再開発が進む東京臨海副都心エリア(東京ベイエリア)に、モタースポーツとテクノロジーが融合した新たなエンターテインメント施設「CITY CIRCUIT TOKYO BAY」がグランドオープンする。
企画・運営を手がけるのは、トヨタ車を使ったレーシングチームの運営、レーシングカーや自動車用品のデザイン・開発から製造・販売まで事業を展開する「トムス」。淺沼組が設計・施工を担当した。
東京23区内初の「都市型サーキット」となる当施設は、屋外・屋内のコースで本格的なEVレーシングカートが疾走し、屋内施設ではVRを使ったレーシングシミュレーターでe-MotorSportsを行うというもの。子どもから大人まで、男性でも女性でも、さらには免許を持たない人や返納者、障害を持った方々など、誰もが自動車の最先端に触れられる体験を提供する、インクルーシブな商業施設を目指す。
モータースポーツとテクノロジーが融合した、新たなエンターテインメント施設とは。施設開業を進める、トムスの経営戦略室長 CITY CIRCUIT 総合プロデューサーの田村吾郎さんに開業の想いを伺った。
Speaker
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株式会社トムス 経営企画兼デザインセンター長 / 東京工科大学デザイン学部准教授。博士(美術)
田村吾郎
東京芸術大学美術研究科博士課程終了。博士(美術)。
クリエイティブプロデューサー/ビジネスディベレップメントプロデューサー。
アート、デザイン、教育、福祉、学術研究、エンタメなど、複数のジャンルを結びつけ、新たな領域を作る活動をしている。RamAir .LLC代表、東京工科大学准教授、TOM’S経営略室室長、その他アドバイザー多数。2023年よりCITI CIRCUIT TOKYO BAY 総合プロデューサー。
<プロフィール写真提供:東京工科大学>
EVでかなえられる、都市型サーキット
新橋からゆりかもめに乗って20分ほど。青海駅に降りると、突然、視界が開けたように目の前に海が広がる。この青海駅がある東京臨海副都心「青海エリア」は、『にぎわいと集客力のある交流エリア』として東京都が再開発を進めている。(東京都江東区『臨海副都心青海地区(再開発等促進区)計画』)
この青海駅に隣接する土地で、2022年8月に閉業したお台場の商業施設パレットタウン跡地の一部が「CITY CIRCUIT TOKYO BAY」の開業地となる。
「きっかけは、昨年11月に開催された、日本自動車連盟(JAF)主催のモータースポーツジャパン2022で、トムスがEVカートイベントを開催したことでした。全日本カート選手権大会EV部門の最終戦やカートレンタル、キッズカート教室など、子供から大人までが体験できるコンテンツを用意しました。また、トムスの開発したEVカートのデモンストレーション走行で、東京の夜景の中をカートが走る光景がこのとき初めて見られました。このイベントが非常に好評で、東京都やスポーツ庁など行政からもこういうことを今後進めて欲しいとの反応をいただきました。また、同時に、森ビルの担当者の方から、パレットタウンの跡地の一部を使って、5年間くらいの暫定利用ができないかと声をかけていただいたのがプロジェクトのきっかけになりました」
森ビルから声がかかったのが昨年の12月のこと。そこから、事業化の検討、社内協議を経て今年の2月に取締役会で開業を決議。そこから準備を進め、設計・施工を急ピッチで進め、開業を迎えた。
「期間限定の5年間の利用となるため、検討や設計にたっぷり時間をかけていられない。とにかく最短でファシリティをつくり、中身は後から進化させていこうという考えです。開業時に作り込まれた施設ではなく、ここを実験場としてさまざまな体験価値をつくり出し、社会に実装していくことを目指したい」と、田村さん。
これまで、都市とサーキットは結びつかないものだった。原因としては、エンジンの騒音と、排気ガスによるにおいや煙など、環境的な要因が挙げられる。田村さんは、モータースポーツの最大の問題点は「都市から離れたところでしかできないところだった」と言う。
「まず、第一にモータースポーツをするには敷地が必要になります。そして、騒音や煙による弊害、火気を使うなど、都市から遠く離れたところでしかレースができない理由がいくつもありました。それが、EVなら静音で排出ガスがなく、遠隔制御ができるため、環境や安全面の問題がクリアでき、都市型にすることが可能になりました。カートが走っている横でもご飯が食べられたり、お茶もできる。騒音のため、16時までしか走行できなかったのが、音も静かなので夜中まで走行できる。これまで都市になかった新しいエンターテインメント施設として、インバウンドやナイトライフエコノミーにも期待できます」
見る楽しみから、やる楽しみへ。モータースポーツを開かれたスポーツに
トムスは新規事業領域として、「EVモビリティ事業」、「カレッジ事業」、「デジタル事業」「新ビジネス開発事業」の4つを進めている。「EVモビリティ事業」では、EVモビリティの開発・販売や全日本カート選手権EV部門の運用・運営などを中心に行う。「カレッジ事業」では、トムスのレーシングチームが全面サポートをするプログラムで「トムス フォーミュラカレッジ」を運営。誰もがフォーミュラカーに乗れるような教室や、体験イベントを企画・開催し、日本のモータースポーツのレベルアップを目指す。「デジタル事業」では、デジタルツインやメタバースの研究、シミュレーターの開発を進めて、モビリティ社会の実現に向けた社会実装を目指す。そして、「新ビジネス開発事業」として、CITY CIRCUIT TOKYO BAYのような施設の開発を進める。
「シティ・サーキットの最大の目的は、より多くの人にモータースポーツを体験していただくこと。これまでは遠くに来られる人だけが楽しめるものだったモータースポーツを、開かれたスポーツにしたいと思っています。
そして、ここは、「見る」施設ではなく、「やる」施設。走ったことのない速度を体感して、アドレナリンが出る楽しさ。車の構造を理解して、より0.1秒早く刻むにはどうしたら良いのか、なぜうまくいかなかったのかを考え、発見する楽しさ。モータースポーツには、人それぞれの楽しみ方がある。『今まで見ていたモータースポーツを自分でやってみてください。それによって、よりレーサーの凄さがわかりますよ』ということですね。
そして、入り口を広げるだけでなく、その先には、ステップアップのプログラムをつくることが必要。トムスが持つプロのレーシングチームの知見を生かしたプログラムを組み立て、人材を育成する。いずれは、シティサーキットからプロのレーサーを輩出することが我々のミッションだと思っています」
モータースポーツとテクノロジーが融合したエンターテインメント施設というシティ・サーキットだが、その2つの融合で、どのようなことが可能になるのだろう。
「テクノロジーを使った演出として、プロジェクションマッピングゾーンがあります。これまでコースは、建てられた壁の間を走るもので、物理的なコースだったものが、光で自由自在にコースが変えられるようになります。例えば、子供が初めてコースに入った時には、最初はぐるぐると回り、次に色が変わったら止まってください、というようにチュートリアルができ、安全性を保ちながらコースを難しくしていくことができます」
そして、さらに、シティサーキットの屋内施設では、「TOM’S マルチシミュレーションシステム」を設置。まだハンドルを握ったことのない人もモータースポーツを身近に体験し、単にゲームとして楽しむだけでなく、スキルアップやレース前のトレーニングにも活用していく。
「シミュレーターもシティサーキットと同様に、もっと多くの人がモータースポーツに触れる接点を増やしたいとの思いから生まれました。シティサーキットのシミュレーターは現在も開発中で、将来的にはデジタルツインを実現したいと思っています。まずは、隣に並んでいるシミュレーター同士で対戦。その次のステップは世界中とつながることができ、最終的にはリアルなカートと対戦することを目指しています」
誰もが楽しめる、インクルーシブなモータースポーツの世界をつくりたい
TOM’Sマルチシミュレーションシステムは、田村さんが顧問を務める別会社 「WONDER VISION TECHNO LABORATORY」で開発した球体スクリーン型VRシステムの技術と、トムスのモータースポーツの知見とを掛け合わせて誕生した。実は田村さんは、トムス以外にも東京工科大学准教授、アーティストと社会をつなぐ会社RamAir.LLC代表、前述のWONDER VISION TECHINO LABORATORYの顧問、総務省の地域情報化アドバイザーなど、幅広く活動する。自身のことを、「アーティストと社会をつなげる中間の糊のような存在」と言い、研究者としての顔を持ちながら、映像や音楽を使った表現で、アート、文化、教育、福祉をつなげ、社会に還元することに取り組んでいる。
シティ・サーキットは障害のある方も含めたすべての人が体験を共有する、インクルーシブな施設を目指すという。その想いはどこから来るのか。
「実は、僕自身が後天的な自己免疫の病気があり、毎日4回投薬しないと生きていくことができない体なんです。病院に運ばれたとき、今生きているけど、明日生きられるか分からないから家族を呼んでくださいと医者に言われました。ベッドで天井を見ながら、ここで死ぬのは嫌だと思った。僕、諦めが悪い人間なので、障害があることによって諦めたくなかったんです。障害があっても同じように楽しめる社会をつくりたい。そこで、生まれたのがこのシミュレーターのアイディアで、たとえば病院から出られない難病の子供や障害があってモータースポーツを体験したことのなかった方でも、シミュレーターの擬似体験でモータースポーツの世界に触れることができます」
「また、現在、遠隔で操作ができる電動カートの開発を進めています。電気信号で動かすようにするため、ゲーム用のハンドルやスマホで動かすことが可能になります。そうすれば、例えば、手や足の不自由な方もレースに参加できたり、病院から出られないような方でも、わざわざサーキットに来なくても遠隔で操作できる未来がつくれるかもしれない。
シミュレーターや電動カートといったデジタル技術を使うことによって、身体的な障壁があり、これまでレースに参加できなかった人が参加することができる。これが、私たちが考える誰もが楽しめるモータースポーツの世界であり、ここを目指して進化させていきたいと考えています」
高齢者のウェルビーイングを達成する。モビリティ社会の実現に向けて
さらに、トムスはシミュレーションシステムを使って内閣府の事業に協力し、高齢者のための交通安全に取り組んでいる。前橋市では交通事故の起きやすいルートを選んで仮想空間を再現し(デジタルツイン)、バーチャル空間で前橋市を運転し、AIが点数を元に運転技術を判定するシミュレーターを設置。「デジタルツイン あんぜん運転スコアリング」というサービスを提供している。
「内閣府と協力しているのは、高齢者の方の事故の原因を探ろうというもの。運転技術を判定し、最終的には免許返納を促します。ただし、免許返納をすると移動難民が出てきてしまいますよね。そこで、MaaSやシェアリングなどの公助の仕組みをつくり、高齢者のウェルビーイングの達成を目指すことまでを考えています。単に、シミュレーターを設置して免許返納を促すのではなく、その先に、『暮らしやすい社会とは』ということまでを考えなければいけません。基礎技術があるだけでなく、それを社会に還元するために何ができるのかを考え、仕組みをつくるのが僕たちの役目。誰もが住みやすいモビリティ社会を実現することを目指していきたいと考えています」
モータースポーツを、社会を動かす力に
東京都は、CO2を排出しない環境推進都市として、2050年CO₂排出実質ゼロにする『ゼロ・エミッション東京』の実現に向けた戦略の一環として、ZEV=Zero Emission Vehicle(ゼロエミッション・ビーグル 走行時にCO2を出さない乗り物のこと )の普及拡大に努め、都内で新車販売する乗用車を2030年にまでに100%非ガソリン化することを目指している。TOKYO ZEV ACTION
また、2024年3月には、「フォーミュラE」の世界選手権大会が東京ベイエリアで開催予定。フォーミュラEは、EVの市街地レースとして世界主要都市で開催され、日本国内では初の開催となる。
東京都のZEV推進や、自動車メーカーのEVシフト表明など、社会的にEVの関心は高まっているものの、まだ世間一般に広く普及しているとは感じにくい状況。そんな中、シティサーキットはまだEVを現実的に考えたことのない人にも身近に感じられる良いきっかけになりそうだ。
「日本ではEVの普及率は低く、興味を持っている人も少ないくらいの状況。EVにシフトすることは、日本の産業構造にも関わり、充電設備のインフラも整える必要があるなど、国内の産業や経済のバランスも取りながら進める必要があるため、一気に変えることは難しいと言われています。ただ、一方で、エンタメは文化であり、社会を動かす力になることも確か。ここで初めてEVカートを体験して、興味を持ってくださるということもあり得ると思う」
最後に、田村さんはシティサーキットの今後の展開について、2030年までに国内外100店舗に展開することを目標に掲げていると言う。
「高齢化社会において、移動手段の課題は各地域が抱えていますし、モータリゼーションやMaaSなど、新しいモビリティ社会の実現はEVと切り離せられないものになっています。社会の課題を解決するために、自分たちの生活がどう関係してくるのかを考え直さなければいけない。モータースポーツは、豊かなモビリティ社会の実現に向けて直接的に働きかける大きなポテンシャルがあると思っています。
シティサーキットは、開業時に100%作り込んでサービスを提供する施設ではなく、ここからアイディアを出し合い、実験する場所にしたい。訪れる人と共に『豊かな生活とは。ウェルビーイングとは』ということを共に考え、社会的な価値をつくり出す場になればと考えています」
田村さんの話からは、モータースポーツを起点として、EV・エネルギーシフト、障害のある方も楽しめる世界や高齢者のウェルビーイングの達成、モビリティ社会の実現など、いくつもの点と点がつながり、社会課題が私たちの暮らしの延長線上にあることを感じた。人々がワクワクする体験をつくり出し、そこにあらゆる人を巻き込むことで、大きなムーブメントが起きる。シティサーキットの扉が開かれ、多くの人がその入り口をまたぐことで、世の中の景色や文化がどのように変わっていくのだろう。この先、シティサーキットで繰り返される実験と挑戦と、社会への問いかけで少しずつ未来が変わっていく様子を楽しみに見ていきたい。
CITY CIRCUIT TOKYO BAY
所在地:東京都江東区青海1-3
事業主・運営・企画:株式会社トムス
土地賃貸:森ビル株式会社
共同企画:乃村工藝社
設計・施工:淺沼組
オープン:12月17日(日)グランドオープン
Photos, Text & Edit_Michiko Sato